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+ simple balance +

物とか服とか思ったこと等メモ、雑記

忘れられないこともあるけれど、忘れてはいけない過去なんてたぶんない

              時間は 誰の上にも 降り積もる

                 誰もが 過去を持つ

 

あっけなく過去を捨ててしまえる自分に、以前は少し罪悪感がありました。

 

大学を卒業したあとくらいから、徐々に物を減らしていた気がします。予備の封筒や便箋、それまで取っておいた写真、だれかに貰った葉書、書きとめていた詩のノート。

使わない・もう十分に目にしたと考え処分をしていました。思い出はいつでも思い出せる、と考えていました。だけど、記憶は確実に遠ざかっていくし、過去の出来事をいつでも繰り返し思い出しているほどの余裕もなく日々は過ぎていきます。時間はいつまでもとどまっていてはくれません。すべて流れていってしまうのです。

 

このことに思い当たったとき、罪悪感がやわらいだ気がしました。忘れてもいいんだ、別にいつまでも過去を思い出す必要はないんだ、と。逆に、物を捨てたりしたところでどうしたって忘れられないこともあると思います。それもそれでいい。忘れなくていいんだと思えます、今は。

 

本を読んで感じたことや、音楽を聴いたということもすべて、時間が過ぎ去ってしまえば、何をどれだけ読んだり聴いたりしてきたのかということは過去の出来事です。そういう積み重ねてきた証のようなものを、取っておくということに意味があるのかどうかと思うようになったときもあります。たぶんこういうことを考えても、意味はないのだろうなと今は感じています。明確なものさしなんてない。意味や価値を求めたり決めているのは自分自身。

 

 

こういう思考を吐き出してみると、すっきりするけど、ちょっとこわいですね。客観的に読んでいると自分の思考は何となくこわい、という気がしなくもないです。(苦笑)

まだ少しためらいとか不安があるのかもしれないですし、人としてこれでいいのだろうかという思いがあるのかもしれません。これも一つの心の在り方なのかな。